1古代国家の形成(〜奈良時代まで)

(1) 縄文・弥生・古墳時代

◯時代の比較

時代区分生活文化・道具遺跡・墓国家・対外関係
縄文時代
(約1万年前〜)
狩り、採集縄文土器
土偶どぐう (豊穣祈願)
たてあな式住居
貝塚
・集落単位の生活
弥生時代
(前4C頃〜)
稲作が伝来、普及弥生土器(薄手・硬質)
青銅器(銅鐸どうたくなど祭器)
環濠集落
(吉野ヶ里よしのがり遺跡(佐賀県))
奴国なこくが後漢から金印(「漢委奴国王」)を受領
邪馬台国やまたいこく(女王:卑弥呼ひみこ)が魏に使いを送る(『 魏志 』倭人伝)。
古墳時代
(3C頃〜)
渡来人が新技術を伝える埴輪はにわ(古墳周辺に配置)
須恵器すえき(硬質土器)
鉄器生産
前方後円墳
(仁徳にんとく天皇りょう古墳など)
・大和朝廷(ヤマト王権)が成立。
・王は「大王おおきみ」と称す。
・倭王武が中国に使いを送る。

(2) 飛鳥時代(592年〜710年)

◯聖徳太子の政治(推古すいこ天皇の摂政)
目的:天皇中心の強力な国家建設

【具体的な政策】
人材登用 : 冠位十二階かんいじゅうにかい (603年)…家柄でなく才能・功績で評価
役人の規範:十七条の憲法(604年)…役人の心構えを示す
対等な外交: 遣隋けんずい使(小野おのの妹子いもこを派遣)…大陸の文化・制度の導入

◯飛鳥文化…日本初の本格的な仏教文化
代表的建築:法隆寺
特徴:中国・西アジア・インド文化の影響

◯大化の改新から律令国家完成までの流れ

・645年 大化の改新

人物:中大兄皇子なかのおおえのおうじ(後の天智てんじ天皇)、中臣鎌足なかとみのかまたり(後の藤原鎌足ふじわらのかまたり)
内容:蘇我そが氏を倒し、公地公民(土地・人民の国家直接支配)を宣言

・663年 白村江はくすきのえ の戦い

背景:百済くだらの滅亡
結果:(日本)が唐・ 新羅しらぎ の連合軍に大敗
影響:九州北部に大野城おおのじょう水城みずきなど国防施設を設置

・672年 壬申じんしん の乱

原因:天智てんじ天皇の後継者争い
人物:大友おおとも皇子vs大海人おおあまの皇子
結果:勝利した大海人皇子が天武てんむ天皇として即位

・701年 大宝たいほう 律令の制定

内容:唐の法律にならった律令を制定
意義:律令に基づく国家統治の仕組みが完成

(3)奈良時代(710年〜794年)

◯都と律令制度

項目内容
平城京(710年 元明げんめい天皇が遷都)。唐の都長安ちょうあんにならった条坊じょうぼう制(碁盤の目状の区画)
土地制度班田はんでん収授しゅうじゅの法:戸籍に基づき6歳以上の男女に口分田くぶんでんを与え、死後は国に返させる
税制(稲)、調ちょう(特産物など)、よう(労役または布)
兵役成人男性に兵役義務。九州北部を守る 防人さきもり など

◯土地制度の変化

班田はんでん収授しゅうじゅの
→人口増加で口分田が不足+重税で農民が逃亡で、税収が減少

→743年 墾田こんでん永年えいねん私財しざい

内容:新たに開墾した土地の永久私有を認める
影響:貴族・寺社が広大な私有地である 荘園 を形成

天平てんぴょう文化(聖武しょうむ天皇の時代)…唐の文化の影響が強い国際色豊かな仏教文化

聖武しょうむ天皇の国づくり
仏教の力で国家鎮護を目指す
→ 都 : 東大寺とうだいじ を建立し、大仏(盧舎那仏るしゃなぶつ)を造立
 地方:国ごとに 国分寺こくぶんじ国分尼寺こくぶんにじを建立

文化の担い手と作品

人物・作品 功績・内容
鑑真がんじん 失明の末に来日し、仏教の戒律を伝える。唐招提寺を創建。
行基ぎょうき 民衆のために橋やため池を整備。大仏造立にも協力。
古事記こじき』 (712年) 神話や皇位継承を物語風に記した最古の歴史書。
日本書紀』 (720年) 天皇中心の歴史を漢文・編年体で記した正史。
風土記ふどき 地方の産物・地理・伝説などを国ごとにまとめた報告書。
万葉集 天皇から農民まで様々な身分の人々の歌を集めた最古の和歌集。
正倉しょうそういん 東大寺の宝庫。シルクロード経由の国際色豊かな工芸品を収める。
参考

(演習問題ー準備中)

この記事は役に立ちましたか?

間違い/不具合かな?
と思ったらこちらへ